2012年3月23日金曜日

笑いがもたらす効能

久しぶりの患者さんが来院された。
夜寝つきが悪くことが続いて具合が悪くなり、先日救急車で病院へ行かれたとのこと。
病院では点滴をしてもらい、色々と検査をされたが、何も異常がなかったらしい。

「夜眠れない原因はなんでしょうか」と尋ねると、
笑いながら「ストレスですよ。」
「先日、習い事の幹事をさせられて怒られて、それが悔しいのですよ。・・・・」と笑いながら言われる。

言語神経反射検査にて、寝つきが悪い感情パターンを検査してみると「恐怖」のキーワードが反応を示す。

患者さんにそのことを伝えて、『「恐れ」につながる何か心当たりはありませんか』と尋ねると、最近、近所の人が5人ぐらいガンで亡くなって、自分も食道がんではないかと心配しているとのこと。ちなみにこの患者さんは79歳の女性。

「ガンになって怖いモノは何ですか」と尋ねると、「死ぬのが怖い・・・」笑いながら言われる。

「死んだら何か失うものあるんですか・・・」と尋ねると、「まだ、長生きしたい・・・」とのこと。

さらに「長生きして何をするのですか?」と尋ねると、

「・・・・(しばらく考えて)恋をしたい、ハッハッハっ・・・・」と大笑い。

「それでは、恋ができなくなるのが最後の恐怖ですね・・・」というと、また、大笑い・・・

「あ~もう具合の悪いのがよくなった・・・」と満面の笑顔:)

おそらくあの大笑いだと、自律神経系を切り替える施術をせずに、自動的に緊張パターンは切り替わった様子だが、一応施術を行った。

笑いを狙って治療をしているわけではないが、患者さんとの関係が深くなるにつれて笑いの数も増えてくるような気がする。心の深いところからくる笑いは、自律神経系のスイッチが切り替わってとてもよい効能をもたらしてくれているようだ。


2012年3月17日土曜日

「仕事」と「責任」について

先日、スタッフと「仕事」や「責任」について考えてみました。

責任の範囲が広ければ広いほど、周りや社会に必要とされる範囲が広がり、自分の存在価値が高まり、自分を豊かにしてくれる。そして、その存在価値を高めることで、周りや社会から守られるのではないか?つまり、責任の範囲の広さが身を守ってくれる保険のような役割をしてくれているのではないか?などと考えてみました。

『三人の石切り工の昔話がある。彼らは何をしているのかと聞かれたとき、

第一の男は、「これで暮らしを立てているのさ」と答えた。

第二の男は、つちで打つ手を休めず、「国中でいちばん上手な石切りの仕事をしているのさ」と答えた。

第三の男は、その目を輝かせ夢見心地で空を見あげながら「大寺院をつくっているのさ」と答えた。』( マネジメント下:ドラッカー著より)

この文章から、第一の男は生活のために仕事をしなければならないと考え、第二の男は名声のために仕事をしなければならないと考え、第三の男は地域社会のために仕事をしなければならないではなく、したいという気持ちが伝わってきます。同じ仕事をしているのですが、この三人の中でどの男の人生が明るく豊かに見えますか?第三の男の生活は、物質面で豊かなのかどうかわかりませんが、明らかに心の豊かさを感じさせてくれます。

一般的に仕事は、「~ねばならない」、あるいは「~すべき」という義務的な感覚につながりやすいようです。確かに仕事をしなければ収入が得られずに生活ができない。色々な考え方の中に「~すべき」「~すべきではない」という倫理道徳的な義務感につながる考え方、あるいは信念的な制限が隠れていると、心身共に緊張が生じ、目には見えない慢性的なストレスとして病気などを引き起こしやすくするかもしれません。

私たちは、何らかの信念を持って人生を生きています。「信念岩をも通す」ということわざがあるように、信念をもつことの大切さを教えられてきました。人は、様々な信念に基づいて生きていますが、この信念の中には意識的に分かっている信念と、無意識的で普段は意識していない隠れた信念があります。コーチングではその隠れた信念による制限に気づき、それに代わる信念を見つけることで、学びを深め、さらなる成長へとつながることができます。

例えば、「私は~すべき」あるいは「~すべきではない」。または「Aさんは~すべき」あるいは~すべきではない」という信念がある場合、どんな気持ちになりますか?おそらく心地よくない感覚になり、身体も緊張するのではないでしょうか。「逆境から立ち上がる」というシナリオを好むタイプの人は、あえて自分をマイナスな状況に追いやって、その苦難から這い上がることをエネルギーにすることを好んで繰り返す人もいます。

もしも、「~しなければならない」という考え方に関して、行動するかしないかは別として、「~ねばならない」という考え方を捨てたらどのような感覚になるでしょうか。その「~ねばならない」という考え方を捨てて何も失うものがなければその考えを捨てるという選択ができます。多くの場合、その「~ねばならない」とう考え方を捨てても何も失うものがなく、習慣的に単に自分に制限を加えて窮屈にしていることが多いようです。

一般的に仕事の報酬は、「収入」や「地位」、あるいは「名声」というものを追い求めがちですが、田坂広志さんは、著書の中で仕事をすることによる「目には見えない三つの報酬」を述べています。

「仕事の報酬は能力である」

「仕事の報酬は仕事である」

「仕事の報酬は成長である」

仕事を通じて様々なスキルが身に付くと、その人にはその能力にあった仕事や責任、権限が与えられます。そして、様々な仕事を通じて、人間としての成長が約束されます。責任の質が高まることで成長も高くなります。その過程の背後にあるのは「継続的な喜び」です。その一方で、収入や地位を目的に仕事をした場合、その背後にあるのは、「一時的な喜び」と「義務感」ではないでしょうか?

さて、今与えられている「仕事」と「責任」をあなたはどのように考えますか?

2012年1月20日金曜日

価格マジック」??? 

先日、東京でICC国際コーチングトレーニングを3日間開催しました。少人数でしたがとても有意義な時間を過ごすことができました。コーチ養成講座としては比較的高価な研修費でしたので、その内容を提供する側もそれなりの準備をして、満足のいく研修になるように今まで以上に意識も高くなりさらに勉学に励みました。

最初は、本部から提示された研修価格に対して、少し高すぎるのではないかと感じ、この価格で本当に覚悟を決めて来てくださる人がいるのか不安でした。でも、まずは自分自身がその価格に見合うだけの価値を作り出さなければならないという意識に変えてさらに勉強を深めることができました。受講される方もおそらくその価値に見合うだけの内容を吸収しようと意識が高まっていたように感じます。

品質の内容や程度によって、その値打ちが決まるというのが一般的ですが、今回の経験で、その値打ち(価格)が、逆にその品質の内容を決める、あるいは高めるということを学んだような気がします。つまり、値下げをするのは簡単だけれども、それと比例して品質も下がる恐れがあるということ。一般的に安さだけを求める傾向がありますが、その裏には品質の高さ、低さが隠されているということです。

特に、売り手だけでなく、買い手もその価値を信じて買うという意識の高さもその価値を相乗的に高めるのだということを学びました。参加されている受講者は、決してお金にゆとりがあるから参加されたのではありません。いろいろな工面をして、将来の可能性に自己投資されているということが、意識の高さで伝わってきます価格によって学問の深さが測れるものではないのかもしれませんが、参加される方全員がそのような高い意識で望まれているため、トレーニング全体のクオリティーも必然的に高いものになっていました。

これは、ある意味では、「価格のマジック」なのかもしれませんが、世界共通のICCのコーチングトレーニングを日本国内で最初にスタートできたことに深く感謝し、さらにコーチングの学問を深めながら、実生活の活動や診療、コーチング、セミナーなどに役立てて、皆さまや社会に還元していくことができればと願っております。

2011年12月23日金曜日

PCRTアドバンス2研究会を終えて・・・

お陰さまで今年最後となるPCRTアドバンス2を終えることができました。全体的にとても楽しい研究会でした。受講された先生方も楽しそうに学ばれ、特に実技では笑顔が絶えなかったように見えました。実際の臨床現場でも楽しく施術されて、誰もが気軽に受けたくなるような施術法へと進化できるように工夫できればと期待しています。

講義ではハード面の施術やソフト面の施術の組み合わせの施術として、脳神経を刺激する眼球運動や対光反射刺激、ハッカ油を使った嗅覚刺激など様々な組み合わせによる施術法をご紹介させていただきました。「刺激」と「刺激」を干渉させて施術効果を引き出すという概念を背景にした実技を通じて、さらに理解を深めていただけたことでしょう。

ベイシック1からアドバンス2まで継続して参加された先生方は、回数を重ねるごとに着実に上達されています。また、シルバー修了後も、さらにゴールド、プラチナ、マスター認定を目指し継続して参加されている先生方は、検査法がさらに上達し、アプローチの仕方の幅が広がってきているように感じました。認定維持のために年に一度だけ参加されている先生方にとっては、研究会の進化のスピードが速いので、新たな情報が増えて遅れを感じられたかもしれません。

来年度も臨床研究がさらに進化して、新たな情報が増えてくることが予測されます。ぜひ来年も継続して受講されることをお勧めします。例え同じような講義でも、2度聴講することで新たな気づきが得られるはずです。また、「心と身体の関係性」を診る施術法の研究は、とても奥深く幅の広い研究です。様々な分野で勉強を継続し、知識を深め、臨床現場での応用力を高めていく必要があります。今後も終わりなき探究が継続することでしょう。さらに勉学を深め、臨床現場で実践してほんとうの実力を身につけることで私たちの価値が創造されるのだと思います。

受講されている先生方による症例報告では、「胸がつまる」、「犬の腰痛」、「アルコール依存症からの脱却」、「突然の蕁麻疹」の4例が報告されました。それぞれの先生方の個性が引き出された興味深い症例報告をしていただきました。恐らく他の先生方も多くの症例を経験されていると察しますが、その症例を書き留めて、プレゼンテーションへとつなげてくれる先生は僅かです。これらの症例報告を通じて、先生方のモチベーションが上がり、勇気づけられる患者さんが増えてくれることを願っています。

来年も皆様と共に研究を深め、地域社会に広く貢献できることを願っております。

2011年12月1日木曜日

大きな変化を乗り切るために!

今年は、東北大震災や世界的な経済不安などで様々な変化が起こり、来年度も益々様々な変化が起こりそうな状況です。そのような想定外の様々な変化を生き抜くためには、できる限りの準備をして、前向きな危機管理をすることが大切です。多くの人は、基本的に変化することを嫌いますし、変化するときには様々なストレスを受ける傾向があります。

通常、時の流れのなかで、様々な出来事や人間関係に変化が生じた時、ある程度の想定内の事柄であればストレスを受ける度合いは低くなります。その一方で、想定外の出来事や、期待以外の人間関係の変化が生じたときにはストレスを受ける度合いは高くなります。

山あり谷ありの人生経験豊富な方は、想定外の変化に柔軟に適応しやすいかもしれません。例えば、日本では戦争体験者がだんだんと少なくなってきましたが、戦争という生死を分ける過酷な体験をされた方にとっては、それを超える極端な変化がない限りは、かなり柔軟に適応できるのではないでしょうか?

戦争は望ましいことではありませんが、戦争を知らない世代にとっては、そのような大きな変化がかなりのストレスになるかもしれません。もちろん、ストレスになるかどうかは、人それぞれの受け止め方によって異なります。何も変化がないことの方がストレスになるタイプの人もいるので、変化=ストレスと一概には言えないところもあります。

ストレスを受けにくくするためのコツとして、未来に起こりうる出来事や人間関係を想定内にしておくという方法があります。この数年の間では、自然災害や、経済不安などで様々な変化が生じる可能性が高いと云われています。それは、来年かもしれませんし、再来年かもしれませし、数十年後かもしれません。誰にも予想はできませんが、そのような大きな変化に備えることはストレスを上手にコントロールする上で必要なことかもしれません。

では、どのようにその備えをすればよいのでしょうか?万が一の変化を生き抜くために様々な方法がありますが、まずは、「想像力」を使いましょう。「想像力」は、脳を柔軟にし、メンタル面や身体面のバランスを整えるためにとても有効な手段になります。スポーツ選手の間でも、「想像力」はメンタルトレーニングとして、パフォーマンスを上げる手段の一つとして有効に使われています。

危機管理をするための「想像力」とは、簡単にいえば、「もしも、○○が起きたら、○○のように行動する」というポジティブな想像力のことです。このポジティブな想像力で大切なことは、単に、「心配」から「安心」というように感情面だけを変えるのではなく、ポジティブな感情が具体的な行動に結びついているということです。

例えば、自然災害で、ライフラインが断絶した場合、「○○に備えている水と非常食を使って1週間をしのいで、次は○○の行動をする・・・・」など、できるだけ具体的行動につなげられるほどストレスも少なく、実際の被害も最小に抑えることが可能になります。

このポジティブな想像力の一方でネガティブな想像力が得意な人がいます。極端な例は被害妄想です。そのように被害者になるための想像力に長けている人もいますので、その場合は、ネガティブな想像力からポジティブな想像力へと転換する工夫をする必要があるでしょう。

「備えあれば憂いなし」。ポジティブな「想像力」を使って、大きな変化の波を乗り越えて行きましょう。

2011年11月5日土曜日

「愛着」と「関与」の関係

人や組織との関わりの中で繰り広げられる「関与」と「愛着」の関係性を考えてみたい。人や組織と関わる時間やエネルギー、決意などが高まると、相関的にその人や組織への愛着も高まってきて、様々な感情が渦巻く状態になる。その一方で、人や組織と関わる時間やエネルギーが低いと愛着は低くなり、関心も低い状態になる。

特に親子関係などは典型的な例である。関わる時間やエネルギーのかけ方が高まると、愛着や思い入れも高まって、様々な感情も高まり、問題も生じやすく、ストレスにもなりやすい。人間にとって「感情」は、人間形成、人間味を増すためにはとても大切なエネルギー源であり、その感情のエネルギーがなければ、人間は無関心になり、人間味が低下する。

人間関係を良好に保つために、「ある程度の距離感を持ってお付き合いする」、あるいは「6割程度でお付き合いする」というアドバイスがある。この「距離感」と「6割」は何を示しているかと云うと、関与する時間、エネルギー、決意する深さなどのことで、その「関与」が高まると、「愛着」も高まり、様々な感情が渦巻いて、ストレス状態が生じやすくなるということである。

車の運転に例えると、前方の車に近づきすぎて走行すると、常に意識を集中しておかなければならない。もしも、前方の車が急ブレーキを踏んだりすると事故に巻き込まれる恐れもでてくる。しかし、十分な車間距離を保って運転していれば、万が一の急ブレーキや事故にも備えることができる。

ただ、人間関係や組織との関係において、どの程度関われば良いのかと云う、数値的な基準などは分からない。これは、人それぞれの感覚でしかない。愛着度が高まって、ストレスになるのであれば、関わり過ぎるのは止めようということになると、関与の程度が低くなり、効果的な行動につながらずに達成感や満足度も低くなり、人間としての味わいも感じられなくなるかもしれない。

大切なのは、このような「関与」と「愛着」の関係性を知った上で、必要な時には「関与」を高めたり、距離を意識したりすることでその関係性を自分で上手にコントロールするということではないだろうか。

2011年11月3日木曜日

「期待」と「満足」のコントロール

多くの人は、さまざまな事柄に対して期待や希望を抱く。もしも、自分が思い描いている期待通りの情報やモノが手に入らない場合、失望感が生じる。その一方で、大きな期待を抱いて、その通りの情報やモノであれば、あまり喜びが得られないだろう。また、期待以下であれば、満足度は低下するだろう。

期待の持ちようは人それぞれだが、このように情報を提供する場合、期待の持たせ方次第で、実際にその情報やモノを得た時の満足度は大きく変わる。そのような意味で、期待度のコントロールは、満足度の調整に連動する。

私たちは主催しているセミナーの広告として、「今度のセミナーはすごくいいですよ。」と、自分たちが感じたままに正直に伝えているのだが、その伝え方次第で、相手に期待を過剰に抱かせ過ぎると、満足度の低下にもつながりかねない。

人それぞれに脳のフィルターは異なるので、こちら側がすごいと感動したことが、相手が同様に感動するとは限らない。そのような意味も含めて、むしろ期待はほどほどに抱いていただく程度のほうが満足を保つことができるのかもしれない。

前回、PCRTの研究会で持続圧の手法をご紹介する際、今までにないコンセプトと検査法だっただけに、伝える側としては、とてもワクワクした。しかし、実際に伝えてみると、最初はその検査法の価値に気づく受講者は少なかったように感じた。

初めて紹介したということもあって、「情報を伝える側」と「受け取る側」のギャップが見えていなかった問題もあっただろう。伝える側としては、わかりやすいように伝え方を準備したつもりでも、「そうか、ここのポイントをもっとわかりやすく伝える必要があるのか・・・」などと、伝えて初めて分かることも多々あった。

最近、眼球ポジションを使った手法を応用している。これは、めまいの検査法、施術法に類似しており、以前にも研究していた手法ではあるが、ブレインマップのコンセプトと合わせて、よりシンプル化して使いやすいように工夫した。これは、頑固なセルフイメージの施術にも応用できるので、ハード面の施術としては持続圧振動法と同様に効果が高い。

それ故に、今度の研究会でも「すごいですよ」と言いたいところだが、あまり、期待度が高いと、満足度に影響を及ぼすので、「PCRTを継続して受講され、試行錯誤を繰り返している先生にとっては、とても役立つ手法になりますよ」とだけお伝えしたい。

でも、伝える側にとっては、本当は「すごいですよ」と言いたい。すでにこのブログを読んでくれている方にとっては、今回のような期待度のコントロールは意味をなさないかもしれないが、人間の心理というものは、実に奥深くて面白い。