2017年12月18日月曜日

ヴァイオリン・イップスの改善 「人前での緊張やプレッシャーについて」

施術者:「その後、どうでしたか?」
患者:「前回いただいたアドバイスで、随分調子が良くなったように感じています・・・・」
イップスの症状程度も最悪を10とすると、3レベルまで改善していた。それは5回目の来院時のことだった。

患者情報:

四十代男性、音楽講師、20年以上前からイップスの症状を自覚していたとのこと。当時はそれがイップスだとは知らなかったが、最近になってイップスであったことに気づき、治る症状であるという情報を得てから来院。特に本番の楽器(ヴァイオリン)演奏で、ゆっくりとした右腕の動き(ボーイング)の際にイップスの症状を感じるという。個人練習の折にはその症状は感じない。症状の経過として改善は見られないとのこと。

初回の施術:

筋骨格系のハード面の目安検査では、両肩の動作、頸椎部の動作、右肘の動作で陽性反応。ソフト面の目安検査では、人前での演奏のイメージで陽性反応。ソフト面の検査の中で過去の「恐れ」の記憶が示された。当時、オーケストラの前で演奏するヴァイオリニストのトップ奏者だったとのこと。指揮者の前で納得のいく音が出せず、指揮者から叱責を受けた経験が引き金になったらしい。それ以来、指揮者や他のメンバーからの信頼を失う恐怖が心の奥に潜んでいるとのことだった。

2回目から5回目の施術:

2回目は2週間後に来院された。その間、身体に変化を感じたらしい。2週間ごとに来院していただきイップスに関係する誤作動記憶が徐々に改善されていく様子が伺えた。様々な誤作動記憶が消去されていく一方で、実際に人前で演奏する自信のレベルはかなり低い状態だった。20年以上も前からの症状なので、緊張するのが当たり前かのような学習もしっかりしている様子だった。

そして、5回目に来院された際にその後の経過を尋ねたところ、イップスがかなり改善されているとのこと。患者さん曰く、前回の施術の時、「人前では緊張するのが当たり前」ということが、「暗示効果」であったということは大きな気づきだったとのことで、他者との練習の際にも違和感はなく演奏できたとのコメントを頂いた。「人前で緊張すること」は、指導者からも聞いていたし、自分でもそのように思い込んでいたという。とても真面目で誠実な方なので、「人前で緊張する」ということに対して疑う余地もなかったのだろう。施術の過程で『それは「暗示効果」による影響で、脳が緊張するように学習されているだけなので、その暗示を「人前でも演奏に集中でき、喜びや楽しみを味わえる」などの肯定的な自己暗示に書き換えてはどうですか』というような内容で提案させていただいた。

患者さん曰く、そのような考え方はとても新鮮だったとのことで、「えっ、人前での演奏で緊張しない???・・・」、恐らくそのような考え方は有り得ないぐらいの思い込みだったのだろう。それまでの通院による施術のプロセスを通じて、それが「暗示効果」であったことが腑に落ちた様子だった。無意識の脳が、人前では緊張するのが当たり前という思い込み=信念を持っていると、自動的に心も身体も緊張する。もしも、緊張しないということは、脳にとって「ルール違反」になるので、そんなことは有り得えないとなる。人によっては『誰でも本番でプレッシャーを感じるのが当たり前だから・・・』とアドバイスを受けると、緊張がほぐれる人もいる。

人前での緊張やプレッシャーに対する捉え方、受け止め方は人それぞれである。人前で緊張するという思い込みから、緊張しないという思い込みに換えれば良いという単純なものではない。まずは、「多くの人に見られるという場面で、何がその人を緊張させるのか?」「どのように人に評価、判断されることを恐れているのか?」「ネガティブな評価で失うものは何なのか?」などを明確にする必要があるだろう。緊張はその人にしかない経験などに基づく信念や価値観が背後に関係している。

本症例のクライアントさんは、4回目の施術の際の気づきの前に、通院過程で、イップスの背後に隠れていた信念や価値観をすでに探索しており、それに関係する誤作動記憶は調整していた。だから、本番で緊張するのが当たり前という考え方が「暗示効果」によるものだったということが腑に落ちたのだと思う。通院過程でイップスに関係する誤作動記憶の点と点が線と線になり、さらに面と面になって、イップスを引き起こさせる犯人の立体像が見えてきた感じだろう。

大きな気づきを得た後の5回目の施術の際、誤作動記憶を検査していると、脳幹脊髄系(五感適応系)→身体感覚→接触→顎とバイオリンという反応が出た。クライアントさんに心当たりを尋ねてみると、正面のお客さんから顔を遠ざけるように、斜に構えて演奏しているらしい。恐らく、お客さんから見られる→プレッシャー→避ける→顎とバイオリンの接触という一連の緊張の条件付けが脳に学習されていたのだろう。そのような身体感覚とメンタル面に関係する誤作動記憶の状態を認識された上で、「次回はどのように演奏されますか?」と尋ねたところ、『「見られる」から「見てもらう」という感覚で自由に楽しんで演奏しているような・・・』と言われていたので、その理想の状態で検査をすると誤作動の反応は示されなかった。

考察:

本症例の発症当時は、「イップス」という言葉自体が知られておらず、また、そのような症状が治るものだということも知られていなかった。最近ではインターネットなどを通じて、心と身体の関係性が徐々に一般の人にも知れ渡り、少しずつではあるが、改善の可能性を求めて、私たちのような治療者に期待を寄せていただいている。「イップス」の症状を改善するにあたって一番大事なことは、「無意識」の脳の誤作動記憶が引き起こしているという理解だろう。身体の動作のほとんどは「無意識」によってコントロールされているのであって、「意識」のコントロールはほんの一部である。


本症例では、通院過程における治療体験を通じてだんだんと理解が深まっていることを肌で感じる。心と身体の関係性がもたらす「無意識」に対する理解は、個人差があって当然だが、理解が深まるほど治療効果も高くなるというのは共通しているように感じる。このような治療法を提供する側の責務として、もっと一般の人が理解しやすいような説明の仕方をさらに工夫する必要があるだろう。このような治療法は、機械構造論の思想による影響が根強く、まだまだ「不思議な治療」として受け止められがちである。既存の固定観念を崩していくことは並大抵のことではないが、将来、このような治療法が当たり前になる社会を創るためにコツコツと研究を継続しながら、成果を書き残していきたいと思う。

2017年12月12日火曜日

「脳の疲れ」を取る大切なポイント

 ここ数年前から「マインドフルネス」というタイトルの書籍が日本でも増えてきました。マインドフルネスの定義は語る人によって多少異なりますが、「今この瞬間」の自分の体験に注意を向けて、現実をあるがままに受け入れることです。昔からある「瞑想」と似ていますが、マインドフルネスで特徴的なのは、宗教性を排除し誰にでもシンプルに実践できるようにしているところです。しかも、脳科学的に効果が実証されているところに注目が集まっています。

特に注目されているのは、マインドフルネスを習慣的に継続していれば、脳の働きのみならず、脳の構造そのものが大きく変わっていくということです。そのような脳の変化を「可塑性」といいますが、十数年前より、人間の脳は何歳になっても使い方次第で変化が生じるということが明らかになってきています。

「瞑想」と聞くと、多くの人は「無心になる」「雑念を取り払う」といったことが思い浮かぶのではないでしょうか?マインドフルネスというのは、「意識を無にする」「何も考えないようにする」のとは真逆のことになります。つまり、意識を無にするのではなく、最大限に意識を向けることで脳が休まるのです。脳の休め方にはコツがあります。

コツ1:今、ここに意識を向ける
「今、ここに意識を向ける」ということは、過去でもなく、未来でもなく、今そのものに意識を向けるということです。もしも、過去や未来に関する雑念が浮かんできた場合、その事実に「気づき」、「今の呼吸」に意識を戻します。
コツ2:いい悪いの判断はしない
もしも、過去や未来に関する雑念が浮かんできた場合、そこにいい悪いの判断は入れないで、ただ、その事実を認識して、ゆっくりと「今の呼吸」に意識を戻します。

脳科学の研究では、脳の疲れは「過去や未来」に関する雑念や妄想から生じてくることがわかっています。身体や心を休めるために、多くの人は仕事のストレスから解放されて、自宅でゆっくりと過ごした方が肉体的にも精神的にも健康的だと考えがちです。しかし、休んだはずなのに逆に疲れを感じたり、体調不良を起こしてしまったという経験はないでしょうか?それは、休んでいるつもりでも脳は過去のことを引きずったり、未来の雑念を考えて判断し、脳が疲れてしまうからです。

マインドフルネスの目的は過去や未来から生じるストレスから解放されることです。「今ここ」に意識を向けるということが大切で、こうでなければならないという細かな「ルール」に縛られることはありません。マインドフルネスには認知行動療法を応用して心の不調を改善する手法もあります。それは当院で行なっている心身条件反射療法のアプローチにとても似ています。そのポイントは以下の項目です。

1.       ストレスに関係する善し悪しの判断を保留する
2.       ストレスに関係する「信念」や「価値観」の由来を探る
3.       ストレスに関係する「異なる前提」を考える
4.       ストレスに関係する事実に慣れる
5.       ストレスを広い領域や長い時系列で考える


これらの脳を休息させる手法は、脳科学的にも最先端のアプローチとして紹介されています。脳の疲れは「過去や未来」に関する妄想や、善し悪しの「判断グセ」が多大な影響を及ぼしているという事実をしっかりと理解していただければ、さらに心と身体の健康が維持できると思います。

追記:12月17日 日曜日 午前10より健康教室にてさらに詳しく説明します。マインドフルネス瞑想法もご紹介する予定です。

2017年12月4日月曜日

マラソン選手のケア

先日、3〜4ヶ月前より坐骨神経痛の症状があると訴えて来院。左右の臀部や左のふくらはぎに痛みを感じるとのこと。国際マラソン大会にも参加するベテラン選手。特にジョギングの後にその症状を感じるという。毎日、5〜6キロは走っており、少し軽めに練習をした際には症状が軽減するらしい。鍼治療や整体など月に2〜3回は受けているとのこと。

初回の検査では左右の梨状筋と左腓腹筋周辺の誤作動反応が示された。2日目までは主にアクティベータメソッドとPCRTの頭蓋骨、ブレインマップでハード面の調整。3回目の来院時に、以前はスピードを上げると痛みが生じていたが、前よりも速いスピードで維持できるように改善されたとの報告を受けた。それまで、スピードの変化に関して検査をしていなかったので、患者にスピードを上げているところを想像してもらってPRTの検査をしてみた。すると、誤作動反応が示された。

そこから、PCRTのソフト面の検査を行うと、早く走るイメージに加えて、タイムに関係する恐れの感情が絡んでいた。恐れの感情を想像してもらいながらブレインマップで誤作動反応を調整。その後、4回目の治療に来院。トラックのレースに参加され、調子が良くなっているとのこと。

これまでに7回ほど来院していただいた。ご本人曰く、当初の症状はかなり改善されているとのこと。誤作動反応は少なくはなっているものの、走っているイメージをしていただいたままで、症状が生じやすい部位に刺激を加えると誤作動反応が示される。長年の誤作動記憶が蓄積されているのかもしれない。脳に潜んでいる症状を引き起こす記憶をさらに書き換えることができればもっと改善するように思う。


マラソン選手に限らず身体のケアを大切にしている運動選手は、ご自身の身体の状態をよく知っている方が多い。誤作動反応を引き出す検査を行うと、選手が感じている異常部位と一致することがほとんどである。そこから一歩進んで心と身体の関係性つながるメンタル面に絡んだ誤作動反応が分かるようになると、さらに故障も少なくなるだろう。