「記憶」で痛みが再現する患者さん シリーズ1
90歳、女性、趣味で能の舞台にでていて、長年お稽古をされているとのこと。今は痛みのために休んでいる。痛みは七週間前に発症。発症から三週間後に病院を受診。腰部脊柱管狭窄症ではないかということで、痛み止めの薬を処方される。当院を利用していただい方から紹介される。20年ほど前には右膝の手術で入院された経験があり、それ以来、カートを引いて歩いているとのこと。バスに乗っていて、突然痛くなり、思い当たる原因はわからないという。痛みは常に有り、軽減するときはない。症状の経過はだんだんと悪くなってきているとのこと。
早く痛みから解放されたいという思いは伝わってくるが、その手助けをさせてもらう施術者にとって、本当の原因はどこにあるのかを患者さんとともに考えていく必要がある。問診でのやり取りの中で、腰部脊柱管狭窄症の診断は、レントゲン検査だけなので、まだ確定している訳ではなく、MRIなどの検査もした方が良いと言われたらしい。患者さんが「腰部脊柱管狭窄症でなければいいのだけれども・・」と繰り返し訴えるのが気にかかった。
施術テーブルに横になってもらい、常に痛いと訴える痛みの状態を聞いてみると、今はそんなに痛くないという。最も痛い状態が10としたら4ぐらいだという。左股関節の可動域を検査しながら、どんな時に痛みが強くなるのですかと痛みの状態を具体的に尋ねてみると、「・・・アイタタタタ・・・」と急に痛みが強くなった様子。この痛みは通常の性質ではないと感じ、椅子に座ってもらうことを提案。患者さんは我慢できるといわれたが施術テーブルを起こして、椅子に座ってもらった。「痛みが強くなる時は、いつもこんな感じですか・・・」と尋ねると、「そうです・・・」という。では、「どんなときに痛みが軽減するのですか?」と尋ねると、「何か楽しいことをしているときには痛みを忘れている」という。「例えば・・・・のときです。」、患者さんが話をされている途中から「あら、いま痛くなくなった」という。
痛くなくなるときのことを患者さんがしばらく話され、私が「この痛みは患部(痛みの部位)から痛み信号がでるのではなく、脳で痛みを感じている可能性がありますね。もしも、身体の構造的な異常が原因であれば、痛くない時を意識しただけでは痛みが軽減しないですよね・・・」と話すと、患者さんも半信半疑ながらもそのことを理解された様子。それでは、「もう一度、痛みの部位を意識して痛くなってもらえますか?・・・」と痛みの根源を探るためにあえて質問した。すると、「え〜、ちょっと難しいですね(笑)・・・」と言いながらも、「・・・あ、また、痛くなった・・・」と顔をしかめた。
「身体を動かしていないのに痛みがでたり、軽減したりするのは、身体の構造の問題ではないということをある程度理解していただいたでしょうか・・・」と尋ねると、患者さんはしきりに「腰部脊柱管狭窄症でなければいいのだけれども・・」と心配そうにいう。病院の診断に執われているのだと感じ、「高齢であれば、だんだんと骨が変形して、病院で脊柱管狭窄症と診断される人も多いのですが、その骨の変形と痛みとが無関係であることがたくさんの研究で分かっているから心配ないですよ・・」などと、できるだけわかりやすく説明すると、ようやく納得された様子だった。
このようなストーリーを聞くと、意識を変えれば治るのではないかと思われがちだが、そんな単純なことではない。いわゆる「暗示」も関係している可能性もある訳だが「痛いの痛いの飛んでいけ!」とおまじないのように意識を変えるだけでこの痛みが消える訳ではない。この痛みの発生の仕方から明らかなのは、痛みを引き起こすプログラム(神経回路)が脳に記憶されていて、何らかの条件付けで痛み信号が発生するということである。そして、この痛みを引き起こすプログラムには、無意識的な心理面が条件付けされているということ。このようなプログラムをPCRTでは「誤作動記憶」として施術を行う。
どのような条件付けが背後にあるのかを検査するためには、患者さんがその意図を理解し信頼してくださるかが大きなカギとなるだろう。まずは、通常の医療とは異なる「脳の記憶を上書きする治療法」の考え方を理解してもらうことが必要である。患者さんにどの程度理解してもらえるかは定かではないが、今回初めての施術で、痛みの原因の一つが、脳の「記憶」によって引き出されているということは理解していただいた様子だった。
(次号に続く)
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