2018年10月11日木曜日

健全な記憶の神経回路に書き換えて慢性症状を改善させる

健全な記憶の神経回路に書き換えて慢性症状を改善させる

2000年に神経系の情報伝達に関する発見の功績によりノーベル生理学・医学賞を受賞したエリック・カンデル教授は、「記憶」をテーマに研究を進めてきた神経生理学領域の第一人者の一人です。彼は幼少期にホロコーストに遭遇した経験から最初は精神医学、精神分析に興味を持ちました。その後、精神分析の根幹は何かという問いに対して、「記憶」というテーマが浮かび上がって脳の生理学的研究へと進んでいきました。

カンデル教授は、単純な神経システムを持つアメフラシを用いて記憶の分子メカニズムを次々と明らかにしていきました。アメルフラシは単純な無脊椎動物です。その非陳述記憶のメカニズムは基本的なところでは人間とそれほど違いはないといわれています。非陳述記憶とは身体で覚える記憶で、自転車の乗り方を自然に覚えていくような記憶です。頭で覚える陳述記憶はアメフラシにはありませんが、アメフラシの非陳述記憶の研究成果が人間にも通じるということを考えると非常にワクワクします。

カンデル教授は画像診断技術の発展に伴って、長期記憶に関わる神経回路の生物学的構造変化をライブ映像で示すことに成功しました。ライブ映像では長期記憶に関係する神経の枝が伸びていく様子を目で確認することができます。私たちが慢性症状に対する誤作動記憶の調整を行う際、患者さんに「新しい健全な記憶に書き換える」という説明を行っています。慢性症状を創り出す記憶の神経回路から健全な記憶の神経回路に書き換えて症状改善を促します。慢性症状で治る自信を失った患者さんにとって、このような最新の研究成果は治ることへの勇気付けになるのではないでしょうか。

繰り返される身体的な慢性症状や人間関係の問題やパフォーマンスの低下などは、すべて私たちの「記憶」が関係します。つまり、脳が私たちの経験を記録し、また、その経験に上書きして保存するという能力に関係しているのです。記憶は私たちの生活を豊かにし、社会や他者とのつながり、自己成長にはなくてはならない機能です。今後もさらに研鑽を重ねながら、多くの患者さんの健康の貢献できるように、健全な記憶の神経回路を上書きして慢性症状の改善にお役に立てればと願います。

まだ未開拓の脳科学の分野において「記憶」の研究は一番進んでいるようで、慢性症状が脳の「誤作動記憶」に関係するということをテーマにしている治療家にとって、臨床の成果を裏付けしてくれる研究がさらに進められることに大きな期待を寄せています。

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