「あっ、口が開くようになった!」と、患者さんが喜んでくれた。
二ヶ月ほど前に虫歯の治療目的で歯科医院を受診。その際、歯科医の先生から噛み合わせが悪いからと、頼んでもいないのに噛み合わせをよくした方が良いと、歯を削られたとのこと。その後、だんだんと顎や首の周りに痛みが生じて、口の開きが悪くなり、舌や頬の粘膜を噛んだりして辛いという。食事をするのも困難になっているとのこと。顎関節の痛みに加えて、首や肩の痛みも訴える。
施術前の機能評価では、首や肩甲帯周辺、顎関節のほとんどの動きで陽性反応を示す。施術は主にアクティベータ・メソッドのプロトコルに沿って調整。PCRT検査で空間ブロックの陽性反応が示される。ハード面の調整法として空間ブロックを調整。調整した後では、施術前の陽性反応は全て陰性化した。
調整後には、症状がかなり改善されて喜んでいただいた。本症例を考察すると、患者さんが言われるように、虫歯の治療を受ける前までは、顎関節の痛みなどはなかったので、歯を削られたことが原因になっていたかもしれない。おそらく、歯科医の先生は、ミクロの単位で歯を研磨して左右の歯が均等に噛み合うように構造学的な調整をされたのだろう。しかし、部分的な歯の咬合は調整されたかもしれないが、身体全体のバランスにしわ寄せが波及したのかもしれない。要するに不正咬合自体には問題なく、その構造的歪みも全体を補正する一部としてバランスが保たれていた可能性も考えられる。
歯科医やカイロプラクターの間で、歯の咬合や上部頚椎の構造的歪みが全身に影響を及ぼすとして、噛み合わせや上部頚椎の調整であらゆる症状が改善されるかのように主張する臨床家もいる。今回の症例では、単に噛み合わせの不正咬合を調整したことで、逆に顎関節や頚椎周辺の関節機能障害が生じたようだ。当院では全身の神経関節機能障害を調整することで症状が改善された。構造的な噛み合わせなどの調整をしたわけではない。
そもそも構造的な噛み合わせの不正咬合が悪いと本当に不健康なのだろうか?「噛み合わせの異常」は原因なのか、結果なのか?噛み合わせの異常が構造的なのか、それとも機能的なのか、大きくは二通りに分類することができる。噛み合わせが原因で、顎関節や首や肩の症状が引き起こされると主張する臨床家もいるが、実際には歯並びや噛み合わせが悪くても顎関節や首などの症状がない人も存在するし、たとえ歯並びが良くても顎関節や首、肩などの症状を抱えている患者さんもいる。
誤解のないようにあえて言うと、噛み合わせの調整を否定しているわけではない。もしも、噛み合わせの調整が必要であるならば、神経学的機能に基づいて筋肉系、関節系のバランス調整をした後で、歯科医による噛み合わせの調整をしてもらった方が良いだろう。患者さんから歯科に関することで相談を受けた場合はいつもそのように提案させていただいている。
人間の身体は常に流動的に動いており、知らない間に歪みを生じさせる。首の動きがスムーズな時もあれば、少し動きが硬いなと感じることもあるだろう。身体のどこかの部分に機能異常があれば、身体全体にも影響を及ぼすかもしれない。もしも、歯の構造的な調整が必要なのであれば、顎関節も含めた全体の神経関節機能を調整した後が良いだろう。もしも、身体が歪んだまま歯の調整をしてもらうと、身体が歪んだままで歯を噛み合せることになり、そのしわ寄せが他の身体に影響を及ぼすかもしれないし、他の身体の歪みが整うと、今度は歯の噛み合わせが合わなくなるということもありうるだろう。
身体の働きは全て関係しあっており、孤立した関節や筋肉、神経は存在しない。上部頚椎や顎関節周辺に機械的受容器がたくさん散在しており、神経学的に筋骨格系に多大な影響を及ぼすことはあるが、絶対的な原因になりうる存在ではない。あくまでも身体の部分であり、全ては「関係性」で成り立っている。というのが、長年の臨床経験を通じた私の治療哲学である。
本症例は、何れにせよ神経学的な機能障害によって、筋肉、関節系に不調が生じていたことは間違いない。前述したように、全身のバランスを補っていた歪みの咬合を構造的に調整したことで、顎関節や頚椎周辺の関節、筋肉系、神経系に影響を及ぼしたかもしれない。あるいは、頼んでもいない咬合調整による不信感に関係するストレスの影響かもしれない。歯科医の先生も患者のためにと咬合調整を行ったのだろうが、患者のニーズをしっかりと確認すべきだったのではなかろうか?